2011年3月に起きた
東日本大震災のあの日、
福島、宮城、岩手が大きく被災しました。
今でも、記憶に残る、忘れてはならない出来事の一つです。
amwayが2012年に開始したRemember HOPE
東北復興支援のボランティア活動を目的とした団体です。
Remember HOPE
https://csr.amway.co.jp/
今現在、東北被災地3県にコミュニティ施設7棟のアムウェイハウスが建設されています。
その第一号が宮城三陸町で出来上がりました。
1棟目は、実はそんなには現地の方に受け入れられなかったらしいです。
よく考えれば
家も家族も、思い出の場所も、、、
明日の希望すらもなくなった人に、外部の人がいきなり来て
「さぁ、何かしてあげますよ!」
と言ってきても、
手を差し伸べるという人はほとんどいなかったそうです。
「ほっといてくれ!誰とも喋りたくない。」
そういう人も多数いて、
だいたいの人は手をつかめなかったそう。
現実は相当厳しく、
2〜3年くらいはボランティアがやってきましたが、現地の人からなかなか受け入れられず、撤退する方が多かったんだそうです。
Amwayもそのボランティアの活動に率先して行った企業。
実は震災当時、原発事故の報道で、日本と海外では全然内容が違い、当時アメリカや世界中では、
「チェルノブイリを超えるような事故だから一刻も早く、日本を離れたほうがよい」
という報道が連日のように流され、日本から離れる外国人で空港は連日ほぼ満席。
日本にいた外資系企業のCEOや、海外の方々は当たり前のように家族と一緒に逃げ帰るように本国へ引き上げていました。
amwayのその時の行動は、驚くことに、当時のamwayの社長(パーカーさん)が日本に残っているだけでなく、東北まですぐに支援に行き、
それどころかアメリカ本社の会長のダグデヴォスまで呼び寄せて日本と東北を応援する姿勢を見せて真っ先に現地へ向かいました。
(実は外資系の企業のCEOが現地に行ったのは1番最初)
こういう姿勢が本当にAmwayを好きになる理由の一つでもあります。
関われば関わるほどこの会社の愛の深さを知れます。
「私たちが必要になった時にもう一度呼んでください。」
現地の方の気持ちを受け入れ、
それからもamwayは毎年欠かさず行き続けました。
3年経ったときには復興ボランティアから企業がどんどん退場していきました。
その中で今現在も支援を続けているamwayの姿勢は立派だと思います。
震災後の大きな課題のひとつが、
“人々のコミュニティの継続です。”
いったんバラバラになった人々が、仮設住宅や避難先で新しいコミュニティを作る努力をしたにも関わらず、それが仮設住宅の解体などで再度バラバラになり、また新しいコミュニティを作ならなければなりません。
日本Awは震災直後から被災地の人々に何が必要かを問いかけ、考えた結果、
「人々が心の繋がりを保てるためのコミュニティハウス」を建てることを決意。
これがrememberHOPEの始まりです。
実はこの試みは
国の予算と、Amwayだけの予算で作られました。
“企業としては、Amwayだけ”です。
つまり、現地、国からどれだけの信頼を得たのか、ということです。
かなりの被害が起きた南三陸に防災庁舎があります。
町役場の24歳の女性職員が津波が来るのにも関わらず、
「逃げてください!」
と最後までアナウンスしていた場所です。
町役場30名中、10名が生き残りました。
最後までアナウンスをし続けた24歳の女性職員は、
1年前に結婚したばかりで結婚式を控えてたそうです。その方が津波の犠牲になりました。
このアナウンスのおかげでこの街、最大の被災地だけれど、
防災庁舎があってアナウンスがあったから被害が、この程度でおさまったと現地では言われているそうです。
実はAmwayハウスは防災庁舎のすぐ近くの跡地に建てられました。
偽善的な社会貢献なんかではなく、
本当にみんなの心の中心の場所にAmwayハウスがあるということなんです。
町長さんは
「生きようと思うのに12年かかった。
最後まで一緒にいてくれたのはAmwayさんだけだった。」
とおっしゃっていたそうです。
今現在で集まった募金の金額は
1,857,660,249円(2023年3月末)
設計したのは東京オリンピックの新国立競技場と同じく、日本が誇る世界的建築家の隈研吾さんの設計です。
これは皆さんのエサンテ油、醤油、塩など、調味料を気に入って使うごとに10円が寄付される、みんなのおかげでできています。
味噌や醤油などの調味料を毎日使うだけでも、支援できるのは素敵なことですね♪
ただお金を寄付するだけでなく、こういう活動を長く続けているところが、
Amwayっぽいなと思います。
「ただ与えるのではなく、自立すること、起業することをサポートする」
というのがRichとJayから始まった「思いやりの資本主義」の精神です。
それではまた!